2013年9月11日水曜日

Martin Luther King -English Online-

こんにちは。

English Onlineの記事を訳します。

今回は、マルティンルーサーキング、日本で言うキング牧師についての記事を訳しようと思います。
ソース記事:Martin Luther King
訳:キング牧師は、1950年から60年代にアメリカの市民権の為に活躍した偉大なアメリカ人である。彼は、アフリカ系アメリカ人や多くの人々のため、黒人はもちろん、白人のためにも、彼を指示する人々の為、権利を得るために戦った。1964年に、彼はノーベル平和賞を受賞した。
キング牧師は1929年の2月15日、アトランタジョージアで生まれた。彼にはアルフレッドとクリスティーナという二人の兄弟がいる。彼の父と祖父は、二人とも協会の牧師をしていた。キング牧師の母親は、教師であり、彼が学校に通う前から読み書きを彼に教えた。
キング牧師は優秀な学生だった。彼は二年飛び級をした。彼には多くの趣味、読書や歌があり、彼と同年代の男子と同様、バスケットボールやサッカーをするのが好きだった。大学を卒業したあと、彼は結婚し、父と同じように牧師になることを決意した。 
キング牧師は、彼が市民権運動に関与していた1950年代に、黒人のひどい扱われ方をかいま見た。1955年、黒人女性のローザパークスが、彼女が乗っていたバスで、白人に席を譲らなかったために逮捕された。この出来事は黒人をひどく憤慨させた。彼らは抗議し、市バスにたいしてボイコット運動を行うことを決めた。キング牧師はこのボイコット運動の第一人者になった。
白人のテロリストはキング牧師の家を爆破し始め、彼に、平等のために戦うことをやめるように強制した。しかし、彼は恐れなかった。彼は、アメリカ中の黒人の為に働き続けた。当時、黒人と白人は、学校やレストラン、スポーツなど、他の分野でも分割されていた。
1960年代には、キング牧師と彼の仲間たちは、より一層、抗議の行進やデモを行った。そして彼は、平等の権利について彼と同様の意見を持つアメリカ大統領ジョンFケネディと出会った。 
1963年に、キング牧師はワシントンD.C.で大規模な行進を率いた。
何千もの黒人や白人がこの行進に参加した。 
キング牧師は、リンカーン大統領の追悼の日、かの有名な「私には夢がある」というスピーチを行った。 
この行進は、大成功だった。1963年11月にケネディ大統領が暗殺されたあと、 議会は、白人と同じ権利を黒人に与える法律を可決した。この法律は、公民権法と呼ばれる。この法律は、黒人に白人と同じ教育と労働の機会を与えた。また、選挙権も彼ら黒人に与えた。 
キング牧師はその後、全ての黒人が彼のようなやり方で平等な権利を戦うことをしない人々がいることを悟った。彼らは、好戦的で暴力的なやり方をした。彼らは、ブラックパワーというスローガンを掲げた。 
キング牧師は、貧困問題とも戦った。アメリカには多くの裕福な人々がいるので、政府によって貧困な人々を助けるべきだと言った。 
キング牧師の人生は、突然幕を閉じた。1968年の4月、彼はジェームスアールレイという白人主義者によって殺された。世界中の人々は、彼の死を悼んだ。彼はアトランタジョージアに埋葬された。彼の死後、人々は心に傷を負い、黒人たちは多くの町で暴動化した。 
今日では、キング牧師はアメリカの英雄の一人である。なぜなら彼は、アメリカ史上、もっとも有名なアフリカ系アメリカ人であり、彼が生まれた2月には毎年、彼の生誕を祝っているからである。


キング牧師について、一度教育実習の時に教えた教科書で、ちょうど同じテーマを扱ったので少し懐かしく感じました。
それほど昔のことでは無く、アメリカで黒人が白人と同じ権利を得ることができたのが、比較的最近のことであることが伺えます。
しかし、年収や教育水準をみても、黒人よりも白人のほうが優遇されているということも聞いたことがあります。
オバマ大統領も初のアフリカ系大統領に当選し、黒人と白人の溝は埋まってきているのでしょうか。
当時はトイレ、バス、レストランなど、白人と黒人を分けていたのが100年よりも最近のことだとは少し驚きです。